熊本地方裁判所 昭和25年(行)34号 判決
原告 榊伊代松
被告 熊本市長
一、主 文
被告が原告に対し昭和二十六年十二月十九日附市復第四三七号を以て原告所有の熊本市下通町六十一番地所在木造瓦葺平家建店舗兼住宅建坪三十三坪五合についてなした移転命令は無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告は昭和二十一年八月訴外北村甚太郎から同人所有の熊本市下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺のうち三十五坪二合一勺及びこれに隣接する同市鷹匠町三番宅地六十七坪三勺のうち二十坪七合九勺を賃借し、右借地を敷地として下通町六十一番地上に約十二坪の店舗兼住宅を建築し、その後順次増築して現在木造瓦葺平家建三十三坪五合の店舗兼住宅となし右家屋に於て雑貨化粧品類の販売業を営んでいるものであるが、右北村甚太郎所有の三筆の宅地は熊本市特別都市計画復興事業第一次土地区劃整理施行地区に編入され下通町六十一、六十二番の宅地は百八坪、鷹匠町三番の宅地は五十二坪に夫々減歩されて換地予定地が指定されたが、原告に対しては昭和二十四年十月十九日被告より下通町六十一番宅地に対する原告の従前の借地々積三十五坪二合一勺を三十四坪六合八勺とする予定である旨及び鷹匠町三番地に対する原告の借地権はこれを消滅せしめて金銭を以て清算する予定である旨の通知がなされ其の後昭和二十五年十二月十九日新に換地予定地、借地権の指定(消滅)についてと題する書面によつて下通町六十一番宅地及び鷹匠町三番宅地の原告の借地について前記同様の借地権の指定及び消滅の通知をなし、ついで昭和二十六年十二月十九日市復第四三七号を以て原告所有の本件家屋を昭和二十七年三月二十九日迄に借地権を指定した換地予定地内え移転すべき旨の移転命令を発するに至つた。然しながら右移転命令は次の如き理由により当然違法無効たるを免かれない。即ち、
(一) 特別都市計画法第十五条によつて移転命令をなすには移転すべき換地予定地を明示しなければならない。然るに被告が昭和二十五年十二月十九日附を以て原告に通知した借地権の指定は単に下通町六十一、六十二番宅地の換地予定地に対する原告の借地権の地積りを記載してあるのみで、その方位角度、間数、形状等現地を特定すべき記載がない為右通知によつては全く現地を確認することができない。なお同月二十六日熊本市復興局監理課より原告宛右通知書の添附図面として一葉の青写真図面が追送されてきたが、右図面によつても到底現地を特定することはできず、其の他原告はこれ迄一度も原告の借地に対する換地予定地として指定された土地の範囲、境界等について具体的に之を知り得る通知に接していないのである。従つて原告としてはかゝる移転すべき地域を確認し得ない移転命令によつて現実に家屋を移転することは不可能であるから本件移転命令は内容不明確で実行不能の事項を命ずる行政処分として当然無効である。
(二) 仮に然らずとしても特別都市計画は今次戦争によつて災害を受けた市町村の区域に於て交通、衛生、保安、防空、経済等に関し永久に公共の安寧を維持し又は福利を増進する為の重要施設の計画であつて、特別都市計画法第十五条によつて家屋等の移転を命ずるには同法第五条第一項の土地区劃整理の為に必要がある場合に限つてなさるべきことは言を俟たない。而して本件土地附近一帯に於ては道路其の他重要施設は既に完備し、且つ宅地々積、借地々積の規模適正化の為になされる換地予定地の交付、増減等の指定も完了し、事実上土地区劃整理は完成しているので原告の本件家屋を強いて移転しなくても土地区劃整理事業の遂行に支障を来すようなことは全くないのである。尤も原告に対する借地権の指定が前記の如く減歩されて指定された関係上或いは被告の主張する通り原告の従前の借地の北側の一部が原告と同じく訴外北村甚太郎から下通町六十一、六十二番宅地のうち原告の北隣りを賃借している訴外沼田等の賃借地に指定され、原告所有の本件家屋の一部が同訴外人の借地内に食い込んだため同人の借地権に基く使用収益権の行使を若干妨げる結果となつているかも知れないが、このようなことは単に原告と同訴外人間に於ける私人間の権利関係の紛争にすぎず、土地区劃整理事業とは全く無関係であつて、前記の如く土地区劃整理の為には何等原告の本件家屋を移転する必要はないのである。而も被告の主張するところによつても訴外沼田等は既に同人が当然移転すべき家屋部分の土地の所有権を取得し、事実上その家屋を移転する必要がないのであつてみれば、被告の本件移転命令は名を行政権の行使に藉りて私人間の紛争に介入し、同訴外人の利を図るに過ぎないものであつて、かゝる権限の行使を誤つてなされた移転命令は当然無効である。
(三) 更に被告は前記の通り土地所有者である訴外北村甚太郎に対しては平均二十五パーセントの減歩率を基準とし、下通町六十一、六十二番宅地に対して百八坪の、鷹匠町三番宅地に対して五十二坪の換地予定地を指定しているのであるから下通町の宅地と一体として本件家屋の敷地となつていた右鷹匠町三番宅地に対する原告の借地についても当然前記基準に従つて換地を指定すべきである。然るに被告は鷹匠町三番の原告の借地については何等首肯すべき法律上の理由も必要もないのに不当にその全部の借地権を消滅せしめ、下通町六十一番の借地についてのみ換地予定地を指定したにすぎない。従つてかゝる指定は原告の権利を不当に制限した違法且つ無効の指定で右指定による換地内に移転を命じた本件移転命令も此の点に於て亦当然無効である。
(四) なお行政庁による代執行は行政庁により命ぜられた行為の不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときに限り行われるのであるが、本件に於ては原告が本件家屋を強いて移転しなくても何等公益に反するようなことはないので代執行をなすべき余地は全くないのである。然るに被告は本件移転命令書に於て若し原告が所定の期限内に任意移転しない場合は代執行をなすべき旨を明示し、予め代執行を予定して移転を命じているのであつて、かゝる違法の要素を含む移転命令は全体として命令自体の無効を来すものというべきである。
以上の次第で被告が昭和二十六年十二月十九日市復第四三七号を以てなした本件移転命令は当然無効であり、これを放置するときは右移転命令の執行により原告の権利が違法に侵害される虞があるので茲に右移転命令の無効確認を求める為本訴に及んだ次第である。」と陳述し、被告の答弁に対し、「原告が被告主張の頃その主張のような調停の申立をなしたことは認めるが、右調停申立当時被告からは未だ正式に借地権の指定はなされていなかつたので、原告がその頃原告に指定さるべき借地権の地域を確知し得る筈はなく、原告は一応の予測に基いて調停の申立に及んだにすぎない」旨附演した(証拠省略)。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、」との判決を求め、答弁として、「原告が訴外北村甚太郎より同人所有の下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺のうち三十五坪二合一勺及び鷹匠町三番地六十七坪三勺のうち二十坪七合九勺を賃借し、下通町六十一番借地上に原告主張のような家屋を建築居住していること、右北村甚太郎所有の三筆の土地が熊本市特別都市計画復興事業第一次土地区劃整理地区に編入され同人に対して原告主張通りの換地予定地が指定されたこと、被告が原告に対してその主張のような経過で右下通町六十一番の換地予定地内に三十四坪六合八勺の借地権を指定し、又鷹匠町三番宅地に対する原告の借地権はこれを消滅せしめ、金銭を以て清算することゝしたこと及び被告が原告に対し昭和二十六年十二月十九日市復第四三七号の移転命令を発するに至つたことはこれを認めるがその余の点はすべて争う。即ち右移転命令には原告主張のような無効事由は何等存在しない。
抑々訴外北村甚太郎所有の本件下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺の土地は概ね別紙添附図面AA′E′Eを結ぶ線を以て囲まれた部分に該当するのであるが、本件熊本市特別都市計画第一次土地区劃整理地区に於てはその総面積から道路、公園緑地々域等に要する面積を差引くと土地所有者及びその賃借人に割当てるべき換地は一率に平均二十五パーセントの歩減りを来すことゝなり、北村甚太郎所有の右宅地に対しても右減歩率によつて換地予定地を指定した結果、その範囲は概ね別紙添附図面AA′D′Dを結ぶ線を以て囲まれた土地百八坪となつたのである。而して右換地予定地指定前の前記AA′E′Eの宅地は従来これを南より順次訴外梅居栄三が四十二坪六合三勺、間口四・五間、原告三十五坪二合一勺、間口三・五間訴外沼田等三十四坪二勺、間口三・四間訴外豊後嘉蔵三十一坪五合間口三・五間の割で夫々賃借していたが、若し右四名の借地権をその割合に応じて前記換地予定地AA′D′Dの土地に割当るときは一人当り借地権の範囲はいづれも二十数坪となり、土地区劃整理の適正規模の最低基準として定められている三十坪に満たない借地となるので、右最低基準を維持する為、訴外豊後に第一次土地区劃整理地区内の他の土地の所有権を取得せしめ、その換地として本件土地に対する区劃整理の結果生じた保留地DD′E′Eを結ぶ線を以て囲まれた土地を交付した上、同人の前記AA′D′Dの土地に対する借地権を抛棄させ、右土地の借地権を前記梅居、原告及び訴外沼田の三名に割当てゝ指定した結果、訴外梅居は別紙添附図面AA′B′Bを結ぶ線を以て囲まれた土地四十二坪三合二勺、間口四・一六間、原告はBB′C′Cを結ぶ線を以て囲まれた土地三十四坪六合八勺、間口三・四間、訴外沼田はCC′D′Dを結ぶ線を以て囲まれた土地三十一坪間口三・〇四間となり、各々その北側に於て家屋の一部が各借地の境界線を超えて隣地に侵入することゝなつた為いづれも右侵入部分を新に指定された各自の借地内に移転すべき義務を負担するに至つたのである。ところで右借地権の指定は前記の減歩率に基いて算出された換地の上に従前の借地権の割合に応じて一率に按分指定されたものでこの方法は全土地区劃整理地区内に於ける借地権の指定に共通の法則であるから、個々の事情によつて指定自体を変更することはできないけれども、若し指定の結果生ずべき家屋の移転による損害等を避ける為借地権者が互に合意の上過少借地の制限等区劃整理の根本方針に反しない限度内で指定された借地権の範囲を修正することを妨げるものではなく、被告も従来かゝる合意の成立については極力斡旋の労を取つてきた次第であつて、本件に於ては訴外梅居栄三は逸速く自己に指定された借地内に移転を完了したので格別の問題はなかつたが原告、訴外沼田及び訴外豊後の関係では訴外沼田の居住家屋の北側部分約五尺が右豊後の前記換地予定地内に、原告所有の本件家屋の北側約二尺が右沼田の借地内に夫々侵入していていづれも右侵入部分を撤去して自己に指定された借地内に移転しなければならなかつたので、被告も右三者間に於て斡旋に努めた結果訴外沼田と同豊後間に於ては、豊後に対する換地を別途熊本市銀杏通りに変更することに同意せしめ、その代償として訴外沼田は当時々価約五万円の所有地を豊後に贈与し、更に自らは第一次土地区劃整理地区内に土地所有権を取得した上、その換地として従来訴外豊後の換地予定地として指定されていた前記DD′E′Eの土地について換地予定の指定を受けこれが所有権を取得し得ることゝなり結局訴外沼田は自己の居住家屋を移転する必要をみなくなつたのである。而して若し原告が被告の右斡旋の過程に於て当事者として協力したならば訴外沼田との合意によつて同訴外人の借地部分に侵入している原告の本件家屋部分の移転を免かれることも可能であつたのであるが、原告は右斡旋について一切の協力を拒絶し、右沼田が前記操作の為に支出した費用の僅少部分を負担することをも峻拒し、徒らに自己の家屋移転義務を拒否し続けた為、遂に原告と訴外沼田間には指定された借地権の修正についての合意が成立するに至らず、結局被告としても已むなく本件移転命令を発して土地区画整理事業を強行せざるを得なかつたのである。而して
(一) 被告が前記の如く決定した借地権の指定については被告は昭和二十四年十月十九日附借地権指定通知書を以て原告に指定すべき借地々積を通知すると共に指定された借地部分及び境界等を実地につき指示する為同月二十四日午前九時現場に出頭を求めたところ、当日原告は故ら出頭しなかつたが、被告は現地に棒杭を打ち原告に指定すべき借地の範囲、境界を明確にしているのみならず、その後原告は自ら市役所に出頭して備付けの換地予定地の図面を閲覧手写し、被告や訴外沼田等に対し種々指定された借地権について交渉した上昭和二十五年六月二十日及び同年九月二十五日の二回に亘り訴外沼田等を相手方として熊本簡易裁判所に借地調停の申立をしている次第であつて、昭和二十五年十二月十九日附を以てなされた正式の借地権指定についても原告が自己に指定された借地々域の所在、部位等を熟知していることは明白であり、本件移転命令によつて家屋を撤去移転すべき地域も当然原告の了知しているところであるから此の点に於て本件移転命令が無効となる謂れはない。
(二) 次に既述の通り原告は前記借地権指定の結果訴外沼田等に指定された借地部分に侵入することゝなつた原告所有の本件家屋部分を当然撤去移転すべき義務があるのに拘らず、右指定後数年を経過した現在猶その義務を履行せず、右家屋部分を移転する意思のないこと明白であつて、原告が被告の借地権指定を無視して自ら移転を実施しない以上、被告は特別都市計画事業遂行の為原告所有の前記家屋部分の移転又は切断を強行するの外はなく、原告が本件移転命令を目して、被告が徒に私人間の紛争に介入するものとなす見解の如きは寧ろ区画整理の計数的法則に基く借地々積の指定と当事者間に於ける私法上の合意に基く修正とを彼此混同する謬見に因るもので其のいわれのないことは明らかである。
(三) 被告が鷹匠町三番宅地に対する原告の借地権を消滅せしめて金銭を以て清算する措置を講じたこと。
(四) 本件移転命令書に移転義務不履行の場合に於ける代執行を予告していることは原告主張のとおりであるが右のようなことによつて本件移転命令が当然無効となる理由はないから原告の本訴請求は何れの点からしても失当として棄却せらるべきである、」と述べた(証拠省略)。
三、理 由
原告が訴外北村甚太郎より同人所有の熊本市下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺のうち三十五坪二合一勺及び同市鷹匠町三番宅地六十七坪三勺のうち二十七坪七合九勺を賃借し、右下通町六十一番の借地上に木造平家建店舗兼住宅建坪三十三坪五合の家屋を建築居住していること、右北村甚太郎所有の三筆の宅地及び原告の右借地権については特別都市計画法による土地区画整理の結果、土地所有者である訴外北村甚太郎に対しては下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺を百八坪に、鷹匠町三番宅地六十七坪三勺を五十二坪に、又借地人である原告に対しては下通町六十一、六十二番宅地の従前の借地々積三十五坪二合一勺を三十四坪六合八勺に夫々減歩して換地予定地が指定され、鷹匠町三番宅地に対する原告の借地権はこれを消滅せしめて金銭を以て清算する措置が講ぜられたこと及び被告が原告に対し昭和二十六年十二月十九日附市復第四三七号を以て特別都市計画法第十五条の規定に基き原告主張のような内容の移転命令をなしたことは当事者間に争がない。
原告は右移転命令は現地を特定できない借地権の指定を前提とする内容不明確な命令でこれに従うことが不可能であるから当然無効であると主張するのに対し被告はこれを争うので按ずるに、検証の結果と成立に争のない甲第一号証、乙第一号証並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、本件土地区劃整理の結果原告の借地として指定された下通町六十一、六十二番宅地のうち三十四坪六合八勺の部分(別紙添附図面BB′C′Cを結ぶ線を以て囲まれた部分)は現地(別紙添附図面B′C′の地点)に棒杭を打つて間口を明示してあり、原告所有の本件家屋(別紙添附図面イロハニを結ぶ線を以て囲まれた部分)はその北側に於て間口約二尺、奥行約五十六尺五寸の部分(別紙添附図面の赤色部分)が原告に指定された借地の境界を越えて隣地の沼田等の借地内に侵入する関係となつていて、原告に於ても自己に指定された借地権の範囲、境界及び右家屋の隣接地えの侵入部分については十分これを了知していることを窺うことができるので原告が本件移転命令の内容を現地につき確認していることはいうまでもないことであるから本件移転命令を内容不明確な命令として無効とすべき理由はない。
ところで次に原告は本件移転命令は特別都市計画法第十五条に定むる同法第五条第一項の土地区劃整理の為の必要が全くないのに、権限の行使を誤つてなされた無効の命令であると主張するので此の点について審按してみるに特別都市計画法による土地区劃整理を施行するについては整理施行地に存在する建築物その他の工作物を移転しなければ事業の進捗を妨げる場合があるのでかゝる場合にはこれ等の建築物を移転せしめ、又その占有者を立退かしめる必要が生ずる。そこで右土地区劃整理事業施行の為に必要な移転又は立退を強制する途を開いたのが同法第十五条の規定された趣旨であつて、同条によつて建築物の移転を命ずるには必ず右の如き土地区劃整理の為に必要がある場合に限るべきであることは同条の解釈上疑を容れないところである。従つて土地区劃整理によつて換地予定地の指定がなされたのに拘らず従前の土地の関係者が建築物を換地内え移転することを肯んじない為直接土地区劃整理事業に支障を来す場合は勿論、この為他の者の移転をも不可能ならしめ延いて右事業の遂行を妨げているような場合に於ても同法条の移転命令により右建築物の移転を強制することができるのはいうまでもないが、反面従前の土地の関係者が換地予定地えの移転を拒否している場合でも土地区劃整理上直接又は間接に別段の支障がない限りたとえ従前の土地の関係者と新に指定を受けた者との間に土地の使用収益について紛争が生じていても、直ちに同条の移転命令によつて移転を強制することは許されないといわなければならない。そこで以上のような観点から本件に於て果して土地区劃整理上本件移転命令をなすべき必要があつたか否かについて検討してみるに、前記検証の結果及び乙第一号証並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外北村甚太郎所有の熊本市下通町六十一、六十二番宅地百四十四坪二合九勺の土地はもと別紙添附図面AA′E′Eを結ぶ線を以て囲まれた部分であつたが、土地区劃整理の結果百八坪に減歩して換地予定地が指定され右図面AA′D′Dを結ぶ線を以て囲まれた部分となり、右換地予定地に対し南より順次従前からの借地人である訴外梅居栄三、原告及び訴外沼田等の借地権が夫々減歩されて指定された為、従前の借地上に建築されている原告の本件家屋がその北側に於て前記の通り一部訴外沼田に指定された借地内に侵入する結果となつていることはこれを認めることができるけれども、原告の本件家屋が右の如く訴外沼田等の借地部分に侵入していることによつて直接又は間接に土地区劃整理上如何なる支障を来しているかについては被告に於て何等具体的に主張立証しないところであるのみならず、被告の主張するところによつても訴外梅居栄三は逸速く自己に指定された借地内に家屋の移転を完了し、訴外沼田等は右図面DD′E′Eを結ぶ線を以て囲まれた隣接土地を被告主張のような斡旋により換地予定地として取得し既に家屋移転の必要をみなくなつているのであつてみれば、原告所有の本件家屋が同訴外人に指定された借地内に侵入していることは単に原告と同訴外人間に於ける権利関係の紛争の原因とはなつても、何等本件土地区劃整理事業に支障を来すものとは考えられないし、前記検証の結果に徴しても本件土地附近一帯に於ては道路其の他必要な施設は既に完成し原告の本件家屋が前記の如く隣地に侵入していることにより直接又は間接に本件土地区劃整理事業の進捗が阻害されている事跡を認めることはできない。殊に本件に於ては若し原告と訴外沼田等間に合意が成立すれば強いて原告が本件所有家屋を撤去移転する必要のないことは被告の自ら肯定するところであるから其の一事によつても寧ろ本件に於ては土地区劃整理上原告の本件家屋の移転を強制すべき理由は存在しないものと言える。
思うに被告が原告に対し本件移転命令を発した所以のものは被告の自認するとおり本件区劃整理の関係者中訴外梅居、沼田、豊後等は総て被告の指示又は斡旋に従つて借地権を抛棄し又は家屋を移転し或は移転を避くる目的を以て隣地の所有権を取得する等夫々適宜の措置を講じているのに拘らず原告のみが其の何れの措置をも採らず、換地内に移転することを肯んじないところからして本件区劃整理を送行する責任者としての立場上、之の挙に出たものと推測されるのであつて、今猶区劃整理事業の遂行途上にある被告が本件が他に及ぼす心理的影響を重視する点は察しられないこともないし、一面既に換地予定地の指定を受けた原告としては、其の趣旨に従つて移転其の他適宜の措置を講ずべきことは当然の義務であるが然し原告が自ら其の義務を履行しない場合特別都市計画法第十五条の移転命令によつて移転を強制するには必ず土地区劃整理の為に移転を必要とする場合であることを要するのであつて、換地予定地が指定されたことのみによつて直ちに右の要件を充たすものでないことは既に説明したところによつて明らかである。
然らば被告の本件移転命令は特別都市計画法第十五条の解釈を誤まり同条に定むる必要性の要件の判断を看過し、本来移転を命ずべき場合でないのになされた違法の命令であつて、かゝる移転命令は当然無効というべきであり、原告が右命令の無効確認を求める利益を有することはいうまでもないから、爾余の争点について判断する迄もなく本件移転命令の無効確認を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 浦野憲雄 下門祥人 裁判官安仁屋賢精は転勤につき署名捺印することができない。裁判官 浦野憲雄)
(別紙)<省略>